四つどもえの熱戦、
見せた五輪への意地
“リオ後”を示したマラソン選考レース
選考最終レースにふさわしい好勝負
40キロ地点、日本人選手4人が歯を食いしばっていた。6日に行われたびわ湖毎日マラソンは、リオデジャネイロ五輪の男子マラソン日本代表を選考する最終レースにふさわしいクライマックス。逃げ切るか、追いつくか、残っている力はまだあるかとせめぎ合う。執念を実らせたのは北島寿典(安川電機)。日本人トップの2時間9分16秒で2位となり、リオ五輪切符を大きく引き寄せた。
日本人2位の石川末廣(Honda)が2時間9分25秒、同3位の深津卓也が2時間9分31秒、同4位の丸山文裕(ともに旭化成)が2時間9分39秒と、同一レースで日本人4人がサブテン(2時間10分未満)を達成。最後まで誰もリオ五輪代表の可能性を諦めず、好勝負を演じた。
レースを面白くしたポイントは4つ。気温、ペースメーカー、若手の仕掛け、そして何より五輪代表が懸かっている点だ。
スタート時の気温は19.8度と高め。ペースメーカーはもともと1キロ3分0秒に設定されていたが、時季外れの暑さを考慮して、3分2秒に変更された。しかしレース中に陽射しはなく、体感気温が抑えられ、上位選手は「暑さは気にならなかった」と口をそろえた。
次に気になるのはペースだった。実際スタートすると、アフリカ勢が3分を切るハイペースをつくり、日本勢は間隔を取った。2月の東京マラソンも似た展開だったが、違ったのはびわ湖の日本人集団の先頭に日本人2人のペースメーカーがいた点。東京のようにけん制せず、3分1秒〜3分5秒とコースに見合ったペースで引っ張り、ハーフを1時間3分53秒で通過。ペースメーカーのアシストが記録に奏功した。
初マラソン・丸山の仕掛けも鍵に
頼っていた日本人ペースメーカーが25キロで仕事を終えると、いよいよ勝負が動き出す。29キロからロンドン五輪6位の中本健太郎(安川電機)が後退すると、30キロの通過を合図に、初マラソンの丸山が仕掛けた。31キロまで1キロを2分55秒でカバー。この飛び出しが、後続の北島、石川、深津を含め、ペースの落ち込みを防いだ。
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初マラソンだった丸山。最後は失速したものの、30キロで仕掛けて積極的にレースを動かした【写真:長田洋平/アフロスポーツ】
残り5キロ、依然、丸山が日本人トップ。しかし北島ら3人との差は広がってはいない。石川が追いかけはじめ、残り2キロを切って、丸山をとらえた。北島も続き、さらに41キロ手前で石川に追いつく。丸山と深津も、まだ北島と石川の背中がはっきり見える位置。五輪代表が懸かっているゆえのデッドヒート。まるでチームメイトが待つ中継所へ、区間賞を争って駆け込む駅伝を見ているかのような熱戦。日本人1位か、2位か、3位か。それぞれの人生を変えるかもしれない勝負を、31歳の北島が制した。
記録では世界水準に及ばないが……
日本陸連のリオ五輪男子マラソン派遣設定記録は、2時間6分30秒。日本歴代2位に相当するこの記録を、選考レースでは誰もクリアできなかった。記録の面では、日本の男子マラソンは確かに世界(特にアフリカ勢)水準から置き去りにされている。
東京でもそれが露呈したが、冬場のマラソンとしては気温が高かったびわ湖では、北島らが15年世界選手権3位のムニョ・ソロモン・ムタイ(ウガンダ)の終盤の失速を見逃さなかった。また、日本人上位4人とも残り2.195キロは優勝したルーカス・ロティッチ(ケニア)より速かった。粘りと精神力。記録重視の高速レースではなく、メダルを争う夏場のレースでの日本勢の戦い方の一端が示された。
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36歳の石川もリオ五輪代表の有力候補に【写真:長田洋平/アフロスポーツ】
選考レースのタイムと順位から、昨年12月の福岡国際マラソン日本人1位で2時間8分56秒だった佐々木悟(旭化成)と、びわ湖の北島は代表選出が濃厚だろう。残る1枠は東京マラソン日本人1位の高宮祐樹(ヤクルト)とびわ湖日本人2位の石川の比較になる。記録では高宮2時間10分57秒に対し、石川は2時間9分25秒。予断は禁物だが、気象条件とレース内容、1分30秒以上のタイム差などから、石川にアドバンテージがあると見るのが自然だろう。
とはいえ五輪の選考レースは一筋縄ではいかない。東京では日本陸連が記録も内容も「物足りない」と評価し、酒井勝充・強化副委員長が選考要項に照らして「(五輪出場3枠を)保証しない」と発言したことがクローズアップされた。びわ湖には福岡で日本人4位に終わった川内優輝(埼玉県庁)が一般参加しており、2時間11分53秒で日本人5位に。派遣設定記録を切らなくても、佐々木を上回るタイムで日本人1位になるようだと、選考の混乱は避けられないところだった。
ベテランに若き挑戦者が続いている
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東京マラソンでは一色(左)や服部ら、若手が躍動した【写真:YUTAKA/アフロスポーツ】
選考レースでの記録上位3人はいずれも30代で、ベテランの奮闘が光った。しかし若手が台頭しなかったわけではない。東京では23歳の村山謙太(旭化成)が途中まで2時間5分台ペースを経験し、22歳の服部勇馬(東洋大)が30キロで飛び出して、最後は19歳の下田裕太が日本人2位、21歳の一色恭志(ともに青山学院大)が日本人3位となった。びわ湖では25歳、初マラソンの丸山が日本人トップ争いを動かした。
駅伝を中心に力を付けてきた彼らには、距離に対する自信もある。「箱根を走る学生は結構走りこんでいますよ」とは昨季まで早稲田大を率いた渡辺康幸・現住友電工監督。誰かがやると言うなら、自分もやる。誰かがやれたなら、自分もやれる。そう考えることで、相乗的にマラソンへの抵抗感を小さくしているとも言える。